第61巻 第2号

経済地理学年報 Vol.61 No.2

■論説

 フランスにおける航空宇宙産業クラスターと地域間連携― ミディ・ピレネー地域圏を事例として ―
 …… 岡部 遊志  1(101)

■フォーラム

 農山村の新たな地域づくりの展開― 多摩川源流地域大会の開催趣旨 ―
 …… 多摩川源流地域大会実行委員会  21(121)

 過疎地域の人間論的価値とその近未来
 …… 宮口 侗廸  25(125)

 多摩川源流大学の取り組みと地域づくり
 …… 石坂 真悟  34(134)

 EU諸国における農村開発の潮流から日本の農村開発を考える
 …… 梶田 真  40(140)

 山村問題への地理学的アプローチ
 …… 西野 寿章  48(148)

 「農山村の新たな地域づくり」を東日本大震災の復興視点から読む
 …… 山川 充夫  53(153)

■書評

 山下清海編著(2014):『改革開放後の中国僑郷 ― 在日老華僑・新華僑の出身地の変容 ― 』
 …… 小野寺 淳  59(159)

  田中利彦(2014):『先端産業クラスターによる地域活性化― 産学官連携と地域ハイテクイノベーション ― 』
 …… 伊東 維年  61(161)

■学会記事  …… 66(166)

 

要旨

フランスにおける航空宇宙産業クラスターと地域間連携― ミディ・ピレネー地域圏を事例として ―

 …… 岡部 遊志

 フランスにおいては地方分権が進むとともに,地域政策の担い手として「地域圏」の役割が重要になってきている.そ の重点政策の1つがフランス版のクラスター政策である「競争力の極」政策である.クラスター政策に関しては,その空 間的なスケールとガバナンスのありようが問われているが,これらの点を踏まえて本稿では,フランスのミディ・ピレ ネー地域圏を対象地域にして,「競争力の極」政策が地域の産業集積と政府間関係に果たした役割を明らかにする.
 フランス南西部のミディ・ピレネー地域圏は,航空宇宙産業が集積するトゥールーズを中心都市としつつも,全体とし ては農村的で,周辺的な低成長地域として位置づけられてきた.2005年からの「競争力の極」政策により,当地域圏で は,西隣のアキテーヌ地域圏と連携しつつ,「アエロスパース・ヴァレー」の名の下で,航空宇宙産業の国際競争力強化 が目指されてきた.
 こうした政策の結果,既存の航空宇宙産業集積とIT産業との融合が図られるなど,研究開発機能の強化が促進され た.資金面での中央政府の役割は低下しているものの,産業特性やガバナンスの観点からは,依然として影響力は強い. また,R&Dを促進するために「戦略分野」が設定されているが,これを空間的な観点から分析すると,広域的な連携が なされている一方で,中心都市トゥールーズの中心性が強化される傾向がみられた.

キーワード クラスター政策,航空宇宙産業,産業集積,政府間関係,トゥールーズ


農山村の新たな地域づくりの展開― 多摩川源流地域大会の開催趣旨 ―

 …… 多摩川源流地域大会実行委員会

 本小論は,2014年10月18~19日に山梨県小菅村を会場に開催された経済地理学会多摩川源流地域大会の開催趣旨とシ ンポジウムの意図についてまとめたものである.
 近年,とくに農山村を含む地方の現状や今後の展開方向に関心が高まっている.さまざまな主張や論評がなされている 今日,地域の状況を冷静にみつめ,その課題を明らかにすることが求められている.地域の存立や存続において,地域の 内発的な営力は重要である.地域の内発性は,地域内外のどのような関係性の中で強化,拡充されるのだろうか.こうし た点を解明することが,今日の経済地理学研究においても重要になっていると思われる.
 シンポジウムでは,国土計画の策定,地域づくりの現場,農山村研究,地域政策や日本学術会議など,多彩な場で活躍 される演者に報告をいただき,農山村の新たな地域づくりの現局面,論点を示していただいた.

キーワード 農山村,地域づくり,内発的発展論,経済地理学


過疎地域の人間論的価値とその近未来
 …… 宮口 侗廸

 ここ数年,農山村に関する書物が多く刊行されている.高度成長期に都市の職場が急激に増え,農山村の後継者までも が都市に流出したことが,過疎問題の社会的本質である.1970年に過疎法ができ,2010年の拡充でソフト事業にも充当 できるようになった.過疎地域の暮らしには,機械に支えられた大規模な農業にはない,自然を扱う人のワザが満ちてい る.これを人間論的価値と考えたい.その価値を見えやすくするためには,外部人材との交流が必要である.このことが 諸事業で普遍化されていることは意義がある.近年全国各地で,地域で支え合う新しいしくみや,経済を活性化する取り 組みがかなり生まれてきていることは喜ばしい.

キーワード 過疎地域,人間論的価値,交流,補助人


多摩川源流大学の取り組みと地域づくり
 …… 石坂 真悟

 本稿は,2014年経済地理学会多摩川源流地域大会で報告した内容を基に,多摩川源流大学の取り組みと地域づくりへ の波及効果についてまとめたものである.
 多摩川源流大学は,河川の源流域で生きた学びの場を提供するために,東京農業大学と山梨県小菅村が協力し,村全体 をフィールドとした単位取得可能な大学の実習として始まった.山梨県小菅村は多摩川の源流域にあり,地域の文化や生 業そのものが大学生にとって生きた教科書となっている.われわれは,これらを大学教員から学ぶだけではなく,地元に 住む住民を講師に認定し,指導してもらうことによって,より地域に密接した課題や知恵を学ぶことができると考えた. 源流域の現状を都市部で生活する大学生が体験学習することで,農山村と都市を結ぶ人材を育成するだけではなく,地域 の自然や水資源の理解・保全活動などにつながり,それが多摩川流域全体や他の流域などへ様々な形で広がっていく活動 を行っている.

キーワード 自然環境体験,大学教育,住民協働,水源地域,地域づくり


EU諸国における農村開発の潮流から日本の農村開発を考える
 …… 梶田 真

 新内発型開発論は,LEADER事業を核としたEU諸国における農村開発の実践と研究・議論を通じて提起されたもので ある.2014年度経済地理学会地域大会を,源流地域の人々と東京農業大学との効果的な連携が実現している小菅村で開 催するにあたり,単にこの地域を新内発型開発の考え方を体現している事例として位置づけるだけでなく,現代の日本農 村に即した開発論を「現場」での議論を通じて構想し,具体的な内容を肉付けしていくことが必要とされている.

キーワード 新内発型開発,農村開発,EU,LEADER事業,日本


山村問題への地理学的アプローチ
 …… 西野 寿章

 山村の疲弊度は年々高まっている.その根本的な要因は,山村の基幹産業である林業が産業としてほとんど成り立って おらず,また林業収入の間隙を埋めてきた山間地域農業も大規模化を志向する農業政策の中で見捨てられているからであ る.その結果,山村では人口の高齢化が著しくなっており,本来の地域特性を発揮している山村はほとんど存在しない. こうした状況に追い打ちをかけるように地方の消滅可能性が公表され,産業が成立せず疲弊度を高めている地域は確実に 拡大している.このような状況を目の当たりにしながら地理学は何ができるのであろうか.今回の地域大会をふまえて考 えてみた.

キーワード 山村問題,地方消滅,山村振興法,再生可能エネルギー


「農山村の新たな地域づくり」を東日本大震災の復興視点から読む
 …… 山川 充夫

 2011年3月11日に発生した東日本大震災と原子力災害は,居住地や家族生活を一挙に失わせるショック的な地域問題 を自然的あるいは人為的に引き起こしている.これは緩やかな人口減少として進行する一般の地域問題とは本質的に異 なっている.本稿ではこのショック的な地域問題から何を学べばよいのかを議論している.ここからの教訓は,農山村の 地域づくりにあたっては,そこに住む人たちの生活スタイルを正しく学ぶことである.農山村の住民生活は持続的に発展 可能な農林業を基盤として構成されている.そこでの農林業活動は市場経済的視点ではなく,社会経済的視点で評価され なければならない.すなわち農山村において当たり前とおもわれている「農」の地域的存在は,単にGDPとしての資本 フロー基準のみで語られるべきではない.伝統的な地域振興の方策である基盤整備という資本ストック基準を付け加えて もなお不十分である.その活動は経済計算としては載ってこない社会的共通資本から正しく評価されなければならない. 農山村の地域づくりに重要なことは,社会的及び経済的利益の大部分が地域に分配される地域内再生産循環を確立する地 元主体を形成することにある.

キーワード 東日本大震災,生活スタイル,農山村地域づくり,持続的発展,地域内再生産循環

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