第60巻 第1号

経済地理学年報 Vol.60 No.1

■論説

中国福建省内陸農村における野菜生産の拡大と農家の就業構造
 …… 陳 林 1 (1)

■研究ノート

オタク文化の集積とオタクの参画を得たまちづくり ― 大阪・日本橋の事例 ―
 …… 和田 崇 23(23)

■フォーラム

「資源論」の新構想へ向けての課題 ― 書評に代えての覚え書 ―
 …… 石井素介 37(37)

■書評

Priebs, A.(2013): Raumordnung in Deutschland (Das Geographische Seminar)
 …… 森川 洋 47(47)

荒木一視編著(2013):『食料の地理学の小さな教科書』
 …… 岩間信之 50(50)

■学会記事
 …… 54(54)

要旨

中国福建省内陸農村における野菜生産の拡大と農家の就業構造

 …… 陳 林

 中国の農村地域では,農業の低生産性,農村の荒廃,農民の貧困という「三農問題」が顕在化している.この問題の解決にあたって,近年における商業的農業の進展がどのように農村の就業問題の改善に寄与したのかを検討することは重要である.そのため,本稿は2000年以降に野菜生産が急激に拡大してきた福建省の内陸農村を取り上げ,大都市から離れた遠隔地における野菜生産の拡大とその要因,ならびにそれが農家の就業構造に及ぼした影響を明らかにした.

 福建省の野菜生産は1980年代から継続的に拡大してきた.それに伴って,福建省の野菜産地は従来の沿岸地域から内陸地域へと広がっていく.富頭村は福建省の内陸地域に位置し,近年,産地市場の設立や建甌市の中心部に隣接していることなどにより野菜生産の拡大が実現した.

 野菜生産の拡大は,内陸農村の就業構造に大きな影響を与えた.富頭村では,農外労働市場の展開が限られているため,農家の多くが野菜経営を開始している.その中で,多くの労働力を農業に投入している上層農家では,多様な野菜栽培を通じて高い収入を得ており,零細な農家では,一部の労働力を農外就業に投入し,野菜生産も少数品目に特化する傾向がある.野菜生産の拡大は,女性を中心に合作社での野菜包装作業や野菜作・稲作などの農業日雇という新たな就業機会を提供したが,産地仲買人や売店経営などに従事したのは主に零細農家の男性であった.一方,20歳代と30歳代の若年層は野菜生産の拡大にも関わらず,依然として省内外の都市部で就業している.しかしながら,一部の30歳代と40歳代の男性を中心に,都市部での就業をやめて村に帰還し,野菜栽培に従事する傾向がみられるようになった.

 このように,福建省の内陸農村における野菜生産の拡大は女性就業機会の増加,農業の生産性の向上などに貢献し,「三農問題」の緩和に寄与している.また,近年の壮年層の帰村就農は中国農業の持続的な発展にとって重要となっている.

キーワード 野菜生産,就業構造,三農問題,内陸農村,中国福建省


オタク文化の集積とオタクの参画を得たまちづくり ― 大阪・日本橋の事例 ―

 …… 和田 崇

 大阪・日本橋は,1980年代後半から家電小売店数が減少する一方で,漫画やアニメ,ゲームなどオタク向け専門店が多数立地し,東京・秋葉原に次ぐオタクの街となった.20~30歳代男性を中心とする関西圏のオタクは,自宅で密かに楽しんでいた漫画やアニメ,ゲームなどの趣味について,インターネット上で情報を収集したり,同人と交流したりしながら,オタク向け専門店が集積し,イベントが開催される日本橋に出かけている.彼らは日本橋を現実空間におけるホーム/居場所と認識し,そこで自己を表出し,趣味を他者と共有している.こうした状況を踏まえ,日本橋ではオタクを集客対象としたまちづくりが,2000年代半ばから商業者を中心に行われるようになった.その取組みは,既存の権力サイドにあたる商店街振興組合のキーパーソンが,オタクの街・日本橋の磁力に惹きつけられて集まった若者を巻き込み,彼らの意欲とアイデア,行動を引き出し,後押しするかたちで展開された.自らもオタクであり,オタクの感性と興味に応じた企画を立案できる若者の存在が,オタクの街・日本橋のプロモーションに重要な役割を果たした.

キーワード まちづくり,商店街,オタク,趣味,大阪・日本橋


「資源論」の新構想へ向けての課題 ― 書評に代えての覚え書 ―

 …… 石井素介

 「資源」概念の多義・曖昧性をそのままにしての乱用状態に警告を発し, 資源問題をめぐる討議に論理的整序のための立脚点をもたらす意味で,敗戦直後期の日本政府内に置かれていた資源委員会( 調査会) における「資源」概念の醸成・確立過程を跡付けて再評価すると共に,基礎情報学分野における「情報」概念の検証状況,ならびに筆者自身の病床体験を参考としつつ,「生命体が自然物の中に認知し付与した有用性の意味作用( significance)」のことを「生命体資源」と呼んで,これを資源概念の諸次元の中の基本的原点をなすものと規定する.この基本をなす資源論視角から,その後時代と共に派生してきた異次元の資源論である「政治経済資源」や「地域社会資源」等の各資源論視角について,関係技術面の役割の問題を含めて,生命体資源という原点視角に照らしての若干の再検討課題を提起するものである.

キーワード 資源概念,生命体資源,政治経済資源,地域社会資源,地球環境保全資源

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