第60巻 第2号

経済地理学年報 Vol.60 No.2

■論説

企業創業地における近代化産業遺産の保存と活用 ― 倉敷地域と日立地域の比較分析から ―
 …… 森嶋 俊行 1 (67)

化学産業における技術軌道と研究開発機能の立地力学 ― 機能性化学企業3 社の事例 ―
 …… 鎌倉 夏来 24 (90)

■研究ノート

戦後国土計画策定の構図 ― 下河辺証言から読み解く ―
 …… 矢田 俊文 46(112)

■フォーラム

一関・平泉地域大会報告  ― 世界遺産と観光まちづくり ―
 …… 一関・平泉地域大会実行委員会・宮原育子 64(130)

世界遺産と地域経済 ― 平泉の観光・まちづくりを対象として ―
 …… 千葉 昭彦 71(137)

■書評

村山祐司・駒木伸比古著(2013):『新版 地域分析―データ入手・解析・評価―』
 …… 大塚 俊幸 80(146)

土屋 純・兼子 純編(2013):『小商圏時代の流通システム』
 …… 日野 正輝 83(149)

後藤拓也著(2013):『アグリビジネスの地理学』
 …… 大呂 興平 84(150)

人文地理学会編(2013):『人文地理学事典』
 …… 末吉 健治 88(154)

■学会記事

 …… 91(157)

要旨

企業創業地における近代化産業遺産の保存と活用 ― 倉敷地域と日立地域の比較分析から ―

 …… 森嶋 俊行

 本研究においては,2 つの歴史的企業城下町の中核企業の企業文化,及び企業と地域各主体の関係構造の差異に着目して,近代化産業遺産の保存と活用がどのようになされてきたかを分析し,両地域の保存活用の実践において違いが生じた要因を考察することを目的とする.

 対象事例は,歴史的な基盤産業と企業による創業地認識の点で代表的な近代化産業遺産の活用地域である岡山県倉敷地域と茨城県日立地域である.前者は前近代の域内商業・地主資本による農村工業化で発展したのに対し、後者の発展は新興財閥が軍需産業と結びついたものであった.戦後,両地域における産業の展開は大きく異なるものとなった一方で,両地域の中核企業は独自の企業文化を背景に,企業博物館を核とした近代化産業遺産の保存と活用を行ってきた.

 倉敷地域においては,創業家の経営理念と資産管理方針に基づき近代化産業遺産の保存と観光資源としての活用が積極的になされたのに対し,市民や行政の近代化産業遺産への関与は少なかったと判断される.これに対し日立地域においては,1990年代以降の中核企業のリストラクチャリングと,全国的な近代化産業遺産への新たな価値づけを背景に,企業のみならず市民や自治体による保存と活用の動きが活発化してきている.このように,近代化産業遺産の保存と活用には,中核企業の企業文化のみならず,地域産業構造の変動や地域における主体間関係の変化が関わっているのである.

キーワード 近代化産業遺産,倉敷市,日立市,企業文化,企業城下町


化学産業における技術軌道と研究開発機能の立地力学 ― 機能性化学企業3 社の事例 ―

 …… 鎌倉 夏来

 イノベーションの経済地理学研究が活発化する中で,本来の技術革新と産業立地に関する研究は必ずしも多くない.本稿では,技術革新と立地との媒介項に,技術軌道の考え方を導入するとともに,研究開発機能の立地における中央研究所と地方の生産拠点に併設された研究所との立地力学に着目する.日本の化学産業,とりわけ機能性化学企業を取り上げ,研究開発機能の立地履歴の検討と代表的な新製品開発の事例分析を通じて,技術軌道の形成・展開と研究開発機能の立地力学の変化との関係を明らかにすることを本稿の目的とする.

 事例企業である電気化学工業,昭和電工,JSRの3 社は,創業時の技術軌道から大きく逸れることなく,電子材料・部品を中心とした新規製品の高付加価値化に成功してきた.その基盤となる技術は,大都市圏内の独立した研究所から伝播したのではなく,それぞれの製品を生産する地方拠点を中心に蓄積されてきた.機能性化学企業における技術軌道の展開をみると,創業時における地方の生産拠点から,一時は大都市圏の研究所へ研究開発機能の中心が移ったものの,機能性化学品の時代においては,再び地方を中心とした生産拠点の引力が強まってきている.

キーワード 研究開発,イノベーション,立地履歴,技術軌道,化学産業


戦後国土計画策定の構図 ― 下河辺証言から読み解く ―

 …… 矢田 俊文

 本稿は,特定地域総合開発,一次から五次の全国総合開発計画,計6つの計画すべての策定に参画した下河辺淳前国土庁事務次官の『戦後国土計画への証言』を分析することにより,各全総策定の構図を解明しつつ,戦後の国土計画の大局的な流れを把握する.構図では,世界と日本の経済・社会情勢と日本のマクロ経済・社会政策( 動因1),深く関与した首相等の権力中枢( 動因2),国土に関する思潮( 動因3)を動因とし,責任官庁および審議会を主体として位置づけ,さらに,策定の重点分野について,国土構造の構築( 照準1),地域の活性化( 照準2),国土管理( 照準3) を照準として描く.照準の3つの分野は,経済地理学の主要研究分野でもある.

 特定地域開発と一全総では,緊急課題への対応から復興や成長政策が照準となり,国土構造に照準が当てられなかった.官僚機構が整備され,下河辺氏のリーダーシップが確立する二全総では,交通・通信ネットワークの整備を軸にした「100年の計」と豪語する国土構造の構築を提起し.その後はその補強・修正に重点を置いた.つまり,三全総は,構想の弱点であった地方の活性化や国土の管理などの分野に照準を当て,四全総は東京一極集中の是正,五全総は日本の北東,南西,日本海沿岸地域など周辺地域に国土軸や地域連携軸を整備し,太平洋ベルト一軸一極集中の是正に照準を置くとともに,「21世紀のグランドデザイン」と銘打ち,二全総から半世紀後の国土の姿を描いてみせた.

キーワード 国土政策,下河辺淳 全国総合開発計画,国土構造,「100年の計」


一関・平泉地域大会報告 ― 世界遺産と観光まちづくり ―

 …… 一関・平泉地域大会実行委員会・宮原育子

 2013年度の地域大会はテーマを「世界遺産と観光まちづくり」とし,10月19日( 土),20日( 日) の両日,岩手県一関市の一関文化センターと平泉町内を会場として開催した.

 19日( 土) に一関市内でシンポジウムを開催し,平泉の世界遺産登録推進に関わった町職員の基調講演をはじめとして,地元行政,町づくり団体代表,東北観光の推進機関,研究者の4名をパネリストに迎え,それぞれの活動報告をもとに,世界遺産と観光まちづくりの議論を深めた.シンポジウムには地元参加者を含め30名の参加を得,そののちに,一関市内の酒造会社の経営するレストランにおいて懇親会を開催し,地元のパネリストともに有意義な意見交換を行った.

 翌20日( 日) に巡検を実施し,平泉町職員の案内のもと,徒歩で平泉町内の景観整備の状況や,世界遺産に指定された中尊寺金色堂や平泉文化遺産センター,毛越寺を回り,平泉の歴史と町づくりの取り組みに触れた.巡検の参加者は15名であった.

キーワード 世界遺産登録,岩手県平泉町,観光振興,町づくり,景観整備


世界遺産と地域経済 ― 平泉の観光・まちづくりを対象として ―

 …… 千葉 昭彦

 世界遺産登録を契機とした地域活性化に関するわが国の研究は観光客動向を類型化し,その諸特徴を明らかにすることを中心テーマとしている.また,その中ではオーバーユ-ス等による環境・景観破壊等も取り上げられている.その対応としては保存と活用の両立論が多いが,両立論が実現困難との指摘も見られる.

 平泉の遺跡群は世界遺産登録以前から観光地として知られていたが,登録による観光客増加が見込まれ,景観に及ぼす影響も予想される.ただ,平泉では同時に景観保護やそれにもとづくまちづくりも進められている.平泉の今後は世界遺産の保存と活用の両立論で進めるのか,保存を前提とした活用とするのかによって異なる.

キーワード 世界遺産,地域経済振興,まちづくり,保存・保護,平泉

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