第58巻 第3号

経済地理学年報 Vol.58 No.3

■ 展望

建設経済学と地理学 ― 経済発展と建設業の関係性をめぐって
 …… 梶田 真 1(161)

■ 研究ノート

東京圏における団塊ジュニア世代の居住地移動 ―X大学卒業生の事例―
 …… 中澤高志・川口太郎・佐藤英人 21(181)

市町村合併下での非営利組織によるまちづくり事業の継承 ―鳥取県旧鹿野町の事例―
 …… 佐藤正志 38(198)

■ フォーラム

日本における市町村合併と広域行政
 …… 森川 洋 59(219)

地域格差研究の再定位 ―地理的政治経済派の視点―
 …… 山本大策 67(227)

■ 書評

阿部和俊編(2011):『日本の都市地理学50年』
 …… 合田昭二 77(237)

伊藤修一・有馬貴之・駒木伸比古・林 琢也・鈴木晃志郎編(2012):『役に立つ地理学』
 …… 富樫幸一 81(241)

堤 研二(2011):『人口減少・高齢化と生活環境―山間地域とソーシャル・キャピタルの事例に学ぶ―』
 …… 西野寿章 85(245)

川端基夫(2011):『アジア市場を拓く ―小売国際化の100年と市場グローバル化―』
 …… 根田克彦 88(248)

■ 学会記事
 …… 93(253)

要旨

建設経済学と地理学 ―経済発展と建設業の関係性をめぐって―

 …… 梶田 真

 本稿では,建設経済学(construction economics/building economics)という研究分野,そして,その中から地理学的な志向性を持った研究の一部を展望する.

 建設経済学は,工学を中心として展開している研究分野であり,その名称にも関わらず経済学との関係は希薄である.その成果のうち,国の経済発展段階と建設業との関係性に関する研究では,経済発展の初期の段階において国民経済に占める建設業生産の比重は高まっていくが,さらに経済発展が進むと新規建設需要の縮小や維持・管理需要へのシフトによってこの比重が減少に転じることが主張され,その検証が行われている.その一方でこの仮説の含意も問われている.また,本国外で事業を受注・施工する国際建設業は最近,研究が盛んに行われている対象の一つである.プロジェクトベースでの現地生産を必要とする国際建設業者の競争戦略をめぐる研究では,本国と進出国との間における言語や労働・取引慣行などの文化的距離,そして進出国の環境への適応過程の重要性の認識が高まっている.

キーワード 建設経済学,国際建設業,ボン曲線,文化的距離,競争戦略


東京圏における団塊ジュニア世代の居住地移動 ―X大学卒業生の事例―

 …… 中澤高志・川口太郎・佐藤英人

 本稿では,ある大学の卒業生に対するアンケート調査に基づき,東京圏に居住する団塊ジュニア世代の居住地移動について分析する.団塊ジュニア世代を含む少産少死世代は大都市圏出身者の比率が高い.そのため結婚までは親と同居する例が多く,特に給与住宅への入居機会が少ない女性においてその傾向が強い.結婚後,持家の取得に向かう居住経歴を辿ることは,多産少死世代と共通していた.夫婦のみの世帯や子どもが1 人の世帯が結婚後の比較的早い段階で集合持家を取得する傾向にあるのに対し,子どもが2 人以上の世帯では第2 子が誕生した後に戸建持家を取得する傾向にある.

 大学卒業以降の対象者の居住地の分布変動は少ない.これは,居住経歴の出発点が東京圏内に散在している上に居住地移動の大半が短距離であり,外向的な移動と内向的な移動が相殺しあっているためである.都心周辺に値頃感のあるマンションが供給されている状況でも,郊外に居住する対象者は多い.郊外に勤務先を持つ対象者は,通勤利便性を重視して勤務地と同一セクターに居住地を選択する傾向にある.少産少死世代は親も同じ大都市圏に居住している場合が多いため,親との近居を実現できる可能性が高い.対象者でも結婚後に親と近居する傾向が明瞭にみられた.

キーワード 団塊ジュニア世代,東京圏,居住地移動,近居,大学卒業者


市町村合併下での非営利組織によるまちづくり事業の継承 ―鳥取県旧鹿野町の事例―

 …… 佐藤正志

 本稿は従来行政が指針を決定し,非営利組織が活動を担っていたまちづくり事業を,平成の大合併に伴う自治体の消滅後,非営利組織が行政の指針を引き継ぎつつ,自律的な活動へと変化した過程と現状を明らかにするとともに,非営利組織が果たす役割と課題を検討することを目的とする.

 鳥取市旧鹿野町の事例において,合併前には町が中心となってまちづくり事業の指針を策定し,町内会の活動から派生した非営利組織が,補助金を利用して修景事業を中心に担っていた.しかし合併後に補助金が削減される中で,非営利組織は飲食店・物販による活動を展開すると共に,修景事業は域外の省庁や大学,財団等の補助金を利用して合併前に行われてきた事業の継続を図っていた.

 編入合併による自治体の消滅によって,まちづくりに関わる補助金が削減され活動の継続が危ぶまれたが,非営利組織は域内での共同事業や域外からの支援を通じて,まちづくりに必要な資金,情報やノウハウを獲得し,事業の持続と自律的な活動への移行に向けた努力を行っている.この背景には,地域内での長期に渡る非営利組織の活動蓄積と合併に対する住民の危機感が存在していた点が大きく働いている.

キーワード 市町村合併,非営利組織,まちづくり,補助金,鳥取県旧鹿野町


日本における市町村合併と広域行政

 …… 森川 洋

 本稿は経済地理学会関西・西南支部例会「広域行政を展望する」の基調講演として報告したものである.市町村合併を取りあげたのは広域行政と密接に関係しているため,必要と考えたからである.日本の市町村では行政の効率的運営が重視され,「平成の大合併」においても財政的に厳しい地方圏において主に実施されたが,多くの小規模町村が未合併のままとどまった.小規模町村には近隣の中心地を活かした機能的支援が必要である.定住自立圏構想は新たな試みではあるが,小規模町村の支援には必ずしもならないし,そのやり方には多くの欠陥がある.低次中心地を含めた中心地システムの健全な発展により,「同等の生活条件」の確立をめざすべきであろう.

キーワード 小規模町村,定住自立圏,「同等の生活条件」,「平成の大合併」,中心地システム


地域格差研究の再定位 ―地理的政治経済派の視点―

 …… 山本大策

 本稿では,近年英語圏で「地理的政治経済派」と呼称されつつある視角から,地域格差研究に対するいくつかの問題提起をする.とくに主流派経済学との対比において,地理的政治経済派がどのように日本の地域格差変動に関する経験や知見を整序し,独自の論点を提供しうるかを試論的に考察する.

キーワード 地域格差,地理的政治経済派,開発主義,日本

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