第58巻 第1号

経済地理学年報 Vol.58 No.1

■ 研究ノート

企業城下町中核企業の事業再構築と地方自治体・下請企業の対応 ― 神奈川県南足柄市を事例として ―
 …… 外枦保 大介 1 (1)

東京都区部の商店街における「共同参加型」アンテナショップの維持メカニズム ― ハッピーロード大山商店街「とれたて村」を事例に ―
 …… 上村博昭 17 (17)

■ フォーラム

「地域政策の分岐点」討議後の経済地理学
 …… 上野 登 34 (34)

■ 書評

矢野修一・宮田剛志・武井 泉訳:A.O. ハーシュマン著 『連帯経済の可能性―ラテンアメリカにおける草の根の経験―』
 …… 西野寿章 43 (43)

岩間信之編著 『フードデザート問題―無縁社会が生む「食の砂漠」』
 …… 箸本健二 45 (45)

■ 学会記事

 …… 49 (49)

要旨

企業城下町中核企業の事業再構築と地方自治体・下請企業の対応 ― 神奈川県南足柄市を事例として ―

 …… 外枦保 大介

 本稿の目的は,自己完結型生産体系の企業城下町である南足柄市における,中核企業の事業再構築とそれに対する地域諸主体( 自治体,下請企業) への対応の実態解明を通じて,企業内地域間分業の再編をめぐる中核企業・地域の相互作用の意味について考察することである.

 2000年代,南足柄市と隣接する開成町において,富士フイルムは,写真感光材料事業を縮小する一方で,それで培われた技術を活かして,液晶用フィルムの工場を新設した.また,研究所を新設し,研究開発機能の強化を図った.企業内地域間分業の再編に伴い,そこは,主力事業の生産を担う役割から,高付加価値な製品を創出する生産・研究開発拠点という役割へ変化した.

 富士フイルムの事業再構築の影響を強く受けた南足柄市は, 富士フイルムを引き留め,再投資を促すために対応し,研究所や工場を誘致した.中核企業出身の市長が誕生したことで,企業の意向が自治体政策に反映されやすくなった.自治体財政が悪化し企業城下町として危機に陥ったものの,結局,中核企業との結びつきを強め,企業城下町として生き残る道を選択した.一方で,下請企業も事業再構築の影響を被っており,取引先拡大や新事業展開,技術力強化が求められているが,市はそれら課題克服のために直接的な支援はせず,再投資の波及効果の期待に留まっている.

 南足柄市では,中核企業へのスピーディな対応が投資を引き付ける決め手の一つとなった.製品のライフサイクルの短縮化にあわせて企業組織を適時に再編するという企業の意向が,いっそう自治体政策に影響を及ぼすようになってきたことが,今日の自己完結型生産体系の企業城下町が有する特質の一つである.

キーワード 企業城下町,企業内地域間分業,研究開発,自治体政策,南足柄市

本研究は科研費 MEXT/JSPS (23720414)の助成を受けたものである。


東京都区部の商店街における「共同参加型」アンテナショップの維持メカニズム ― ハッピーロード大山商店街「とれたて村」を事例に ―

 …… 上村博昭

 本稿は,1990年以降に東京都区部で増加したアンテナショップのうち,商店街が設置・運営を担い,複数の地方自治体が参加する店舗を研究対象として,店舗の運営システム,商店街と参加自治体の運営・参加目的や評価を分析した上で,店舗の維持メカニズムを考察したものである.本稿で対象とした事例は,板橋区に立地するアンテナショップ「とれたて村」であり,店舗の運営を担うハッピーロード大山商店街振興組合と「とれたて村」の店員,参加する12市町への聞取り調査などを実施した.その結果,「とれたて村」は大山商店街の空き店舗対策事業を活用して整備され,大山商店街は顧客に新たな付加価値と集客効果を,参加自治体は,低リスク・低コストで出店できるメリットを得ていた.出店の顕著な効果を実感できていない参加自治体もみられたが,参加自治体の「とれたて村」に対する参加姿勢は多様であり,4タイプで評価が分かれた.このうち,大山商店街の方針に柔軟な対応を見せた参加自治体では,自治体別売上高が高い傾向にあった.「とれたて村」では,運営基盤の安定と参加自治体数の維持・増加という要素から,維持メカニズムが構成されている.運営基盤の安定は,大山商店街の黒字経営によって担保され,参加自治体数の増加と販売戦略の導入が,収益の確保に寄与していた.自主運営型と比べて,低リスク・低コストである点に共同参加型アンテナショップのメリットがある.

キーワード アンテナショップ,商店街,地方自治体,販売戦略,板橋区大山


「地域政策の分岐点」討議後の経済地理学

 …… 上野 登

 国土総合開発法を理念的な背景として研究されてきた地域政策は,同法の廃止に伴い,「地域政策の分岐点」にたたされ,2007年から討議が始まり,第56回大会のテーマになった.そして地域間の均衡型政策から地域再生政策への転換が提起された.しかしフロア討論を踏まえ,「座長の所見」は二者択一論をさけ,ポリシー・ミックス型へのあり方を指示した.そのミックスに対し,①経済の領域,②社会の領域,③環境の領域の総合的研究と定義する秋山氏の提案に,私は賛同を示したい.

 西欧の地理学は,1968年のパリの5月革命を契機として「空間論的転回」を行ない,新しい地平をきり拓いてきていた.それは「知覚される空間」と「思考される空間」の研究に専門化していた地理学を,「生きられる空間」に包摂して新しい空間論を編成しようという言説であった.日本の経済地理学会は第三の領域として「環境の領域」を取り入れたが,これはルフェーヴルの三項化,ソジャの第三空間・三元弁証法,ハーヴェイの地理学を加えた史的唯物論に対応する視点設定であった.私は,世界的な地理学の思想傾向と相乗する経済地理学会の展開を期待したい.

キーワード 分岐点,均衡発展,地域再生,空間論的転回,三元弁証法

Top