第55巻 第4号

経済地理学年報 Vol.55 No.4

特集 地域政策の分岐点 21世紀の地域政策のあり方をめぐって

■ 大会報告論文

均衡発展政策から地域再生の地域政策への課題
 …… 髙山正樹 1(283)

多様化と構造転換のなかの地域政策
 …… 秋山道雄 18(300)

人口減少時代の地域政策
 …… 山﨑 朗 35(317)

現代日本の地域政策試(私)論
 …… 伊藤喜栄 45(327)

グローバリゼーションの進展と地域政策の転換
 …… 根岸裕孝 56(338)

■ 論説

産業集積におけるイノベーションの決定要因分析
 ──地域新生コンソーシアム研究開発事業を対象として──
 …… 與倉 豊 69(351)

スイス・高アルプスにおける観光業と農業の共生形態と共生システム
 …… 石原照敏 87(369)

■ 研究ノート

地域的制度のダイナミクスと情報通信技術産業の展開
 ──フィンランド・オウルを事例として──
 …… 遠藤 聡 108(390)

■ 大会記事

[大会シンポジウム]

地域政策の分岐点── 21 世紀の地域政策のあり方をめぐって──
 …… 大会実行委員会 126(408)

[ラウンドテーブル]

世界経済危機と国内生産体制の縮小,及び雇用問題
 …… 末吉健治・富樫幸一・藤川昇悟・近藤章夫・中澤高志 133(415)

中心市街地が直面する法制度とまちづくり組織の課題
 …… 箸本健二・川端基夫・石原武政・山川充夫・野田良輔 137(419)

地域経済の再編と地方分権──関西の事例から考える──
 …… 生田真人・加藤恵正・山本俊一郎・根田克彦・神田彰・中島茂 140(422)

[フロンティアセッション]

 …… 外枦保大介・桜井靖久・井上学・関根良平 143(425)

[大会巡検報告]

大阪市のインキュベーション探訪
 …… 藤川昇悟 149(431)

■ 学会記事

 ……151(433)

要旨

均衡発展政策から地域再生の地域政策への課題

 …… 髙山正樹

 21 世紀を迎えてわが国の地域政策は大きく転換したように思われる.すなわち,従来の均衡発展政策から地域再生を軸とした地域政策である.この変化を見るに当たって「地域政策」,「地域問題」という用語に関するこれまでの議論を紹介した上で,筆者の視点を示した.

 ついで,地域再生に関わる「国土形成計画法」,「地域再生法」,「構造改革特別区域法」,「都市再生特別措置法」という近年の法制度を瞥見したのち,5 つの指標(一人あたり県民所得,失業者数および失業率,一人あたり地方税収入,人口動態,介護保険施設・医師数)の都道府県間の格差実態を考察した.これらの検討を通して地域再生を軸とした政策の評価を行なう中で,今後,医療・福祉と環境に関わる事柄が地域政策(とりわけ首都圏を中心とした大都市圏で)の課題となることを論じた.さらに,経済地理学は科学的見地から積極的に地域づくりや地域再生プログラムに対して発信することが必要であることを主張した.

キーワード:地域政策,地域問題,地域再生,地域格差,大都市圏,医療・福祉


多様化と構造転換のなかの地域政策

 …… 秋山道雄

 日本の地域政策は第二次世界大戦後登場し,半世紀余の経験がある.日本の地域政策は,世界で最初に地域政策を展開させたイギリスの地域政策から影響を受けているが,その性格はやや複雑である.日本の地域政策で用いられている用語や手法はイギリスのそれと似ているが,その目標や現実の機能は異なっている.
経済的機会の平等という地域政策の理念は,基礎概念と枠組みに幅があるため,多義的な解釈を生み出している.このカテゴリーに入る事項は時代文脈によって異なるから,今日の時代にふさわしい把握が必要となろう.地域政策の有効性と手段の実効性を混同することなく,地域政策の評価を進めていくことが求められている.現在は,既往の地域政策が備えていた手段の実効性が減少しているので,地域政策を支える目的と手段の体系を再考し,新たな条件のもとで政策を構想していく時期である.

 今後の地域政策を考える際には,①経済のグローバル化の拡大・深化,②人口減少・少子高齢化の進行,③環境問題の多様化・多元化と認知構造の変化,という3 つの条件を前提においておく必要がある.その上で地域政策が目指すべき方向は,持続可能性(sustainability)に基軸をおいた多元的な地域(主体─環境系)の編成ということになろう.そしてここでは,地域を経済・社会・環境という3 つの領域を統合した視点で捉えていく.

キーワード:地域政策,成熟経済,経済的機会,持続可能性,地域ガバナンス


人口減少時代の地域政策

 …… 山﨑朗

 首都圏においても,人口はまもなく減少に転じる.人口減少,高齢化に対して,どの範囲の地域単位で,いかなる政策主体によって,どのような対応策を検討,実施するのかが問われている.

 1 人当たり県民所得格差を是正する意義は,乏しくなっている.人口減少下において,豊かな生活を維持するための「生活圏」の構築,国際競争力を高めるための広域的な地域での戦略という二面的な対応が求められている.サービス化時代の地域政策への転換が必要である.

 地域政策の手段をこれまでのように,企業誘致と社会資本整備に限定してはいけない.科学技術政策,大学政策,産業政策,環境政策,医療政策,通信政策,交通政策,税制などを含めて,多様な手段を地域政策として意識的に活用する時代に入ったのである.どの政策を柱とするかは,地域の範囲,地域特性と地域の戦略によって異なる.

 地域政策の政策主体を地方自治体や国に限定する必要性もない.NPO,NGO,住民組織,あるいは,社会的企業や大企業も地域政策の担い手となる.逆に,廃屋,廃店舗,廃工場などの解体,跡地利用については,行政がより積極的に関与しなければならない.

 人口密度がきわめて低くなる「低密度居住地域」では,物流機能を地域政策の柱としつつ,インターネットを活用した新しいライフスタイルへとシフトさせることが求められている.長期的な観点からいえば,生活コストの高いエリアから撤退することも選択肢の一つとなる.

 広域的なエリア(メガ・シティ)における,それぞれの都市,地域,社会資本の機能分担と有機的な連携による,地域全体の競争力強化という視点も,国際化時代の地域政策としてきわめて重要になっている.

キーワード:人口減少,グローバリゼーション,生活圏,科学技術,メガシティ


現代日本の地域政策試(私)論

 …… 伊藤喜栄

 小稿は21 世紀初頭の世界史的エポックの中で.日本の地域政策が今後どのような内容のものとなるかについて,若干の見通しを述べたものである.このエポックは,2008 年9 月,リーマン・ブラザーズの破綻に端を発するアメリカ中心の金融資本主義,グローバルエコノミーの崩壊の危機である.このことが日本に及ぼした影響は大きい.アメリカ型の市場原理主義をモデルとして国民経済の構造改革を行ってきた小泉首相が退陣し,その流れにブレーキがかかっただけでなく,さらに自民党から民主党へと政権が交代するという事態をひきおこした.

 このような世界及び日本の歴史のエポックにより,日本の地域政策は,地域格差の拡大を是認する,ないしは改革の成果とする「地域間競争」(構造改革特区)の時代から,「地域の均衡発展」の時代への移行が予想される.この課題に対して地理学・経済地理学が独自に寄与するとするならば,「地域で政策する」のではなく,「地域を政策する」という立場を貫くことであろう.このことは,地域を所与とし,その内部の個別具体的な施策を地域政策とするのではなく,地域それ自体のあり方(形成のメカニズムとそれを前提とした政策)を問題とするということを意味する.そしてその成果を踏まえて,現代日本の課題である「地域の均衡発展」を考えることが望ましい.その際,地理学の共有財産である機能地域ないしは結節地域と,それらの階層構造,換言すれば地域システムの合理化・適正化を図ることが中心課題となると判断される.

キーワード:新自由主義,グローバルエコノミー,地域均衡,内発内生的地域,外生的地域


グローバリゼーションの進展と地域政策の転換

 …… 根岸裕孝

 我が国の地域政策は,80 年代後半からグローバリゼーションのもと「規制緩和・競争秩序」と「地方分権」の潮流により政策の転換が求められてきた.本稿では,川島(1988)の地域政策概念による「全国的視角」,「地域間の経済的不平等」と「国」による責任について注目し,今日的にはこれらが後退しつつあることを示した.さらに政策の転換の持つ意味について検討した.

 次に「政策システム論」の枠組みを利用し地域政策を「環境条件」の変化と「メタ政策」との関係をふまえながら80年代以降の地域政策を「安定期」と「衰退・転換期」(「構造調整期」「ゼロサム政策の転換期」「国のゲートキーパー化」)に区分した.

 さらに,地方分権進展の原理となった「補完性の原理」に伴う政府間関係および市民と政府の関係にかかる問題点と課題について触れた.

キーワード:地域政策,グローバリゼーション,政策システム,補完性の原理,地方分権


産業集積におけるイノベーションの決定要因分析
 ──地域新生コンソーシアム研究開発事業を対象として──

 …… 與倉 豊

 本稿では,イノベーションが起きる空間的次元に着目し,地域新生コンソーシアム研究開発事業における事業化達成によって捉えられるイノベーションの決定要因の分析を行った.産業集積がイノベーションに与える効果は,これまで3種類の動学的外部性(MAR の外部性,Jacobs の外部性,Porter の外部性)によって理論的に捉えられてきた.本研究では,広域市町村圏ごとに動学的外部性の値を算出し,さらに共同研究開発の実施データをもとに,主体間のネットワークを域内・域外と区別して定量化することによって,共同研究開発ネットワークがイノベーションに与える効果の推定を行った.その際に本研究では,説明変数を精査した上でポアソン回帰モデルを採用することにより,既存研究で多くみられた多重共線性や被説明変数の非正規性の問題を克服している.分析の結果,産業集積が与えるイノベーションの効果は多様性の経済が主であり,地域特化の経済と市場の競争性の効果はみられないこと,域内の密なネットワークとともに域外の組織との接触もイノベーションに正の影響を与えること,研究分野別にイノベーションの決定要因において異なる特徴がみられることを明らかにした.

キーワード:イノベーション,ネットワーク,一般化線形モデル,ポアソン回帰,動学的外部性


スイス・高アルプスにおける観光業と農業の共生形態と共生システム

 …… 石原照敏

 本稿ではスイス・高アルプスにおける観光業と農業の共生形態の形成・変容とその要因を経済発展の地域差に焦点を当てて解明した.農家民宿と農業の共生形態が1920 年代に形成されたオーストリア・高アルプス・チロルと比べて,スイス・高アルプスでは,ホテルを中心とする観光業と農業の共生形態が1910 年代に形成された.この差はアルプス前地における資本主義発展の地域差とその影響を受けた,高アルプスにおけるホテルの発展,農地経営規模などの地域差に起因する.スイス・高アルプスでは,高度成長期以降,農業よりも収益が多く,農家民宿よりも賄いの労力が省ける休暇用住宅経営が増加し,共生形態は同経営を中心とする観光業と農業の共生形態に変容した.

 この共生形態は農業を維持したので,環境・景観の保全を通じて山岳観光リゾートにも役立ったが,チロルに現存している農家民宿と農業の共生形態と比べてグリーン・ツーリズムの色彩は希薄である.1980 年代後半以降のグローバル化とともに地域差が顕現した.経営規模が狭小な地域では直接支払額が少なかったため,農業政策が共生システムとして機能せず,農業は衰退し,観光業と農業の共生形態は崩壊した.しかし,観光業が過度に発展せず,かつ土地制度により経営規模が大きく,直接支払額が多い地域や,フレキシブルな加工・販売組織が確立している地域では共生システムが機能しているため,観光業と農業の共生形態は維持されている.

キーワード:ホテル経営,休暇用住宅経営,酪農・肉畜経営,共生形態,共生システム


地域的制度のダイナミクスと情報通信技術産業の展開
 ──フィンランド・オウルを事例として──

 …… 遠藤 聡

 近年の北欧諸国におけるラディカル・イノベーション型産業の成長は,同型産業の振興と社会的安定性を重視した国民的制度体系の間に必ずしもトレード・オフの関係がないことを示唆している.本稿では,こうした成功の背景として,国民経済および企業レベルの対応だけでなく,地域経済レベルの諸制度も重要な要因となっている点を仮説的に提示し,その検証事例としてフィンランド・オウルにおける情報通信技術産業の成長を検証した.オウル経済の分析方法には,地域経済発展の制度的要因へ着目し,そのダイナミクスについて,変革主体の形成プロセスまで踏み込んで考察する制度論的アプローチを用いている.オウルの経済発展を支えた諸制度は,国家的な開発方針や企業戦略との対立と協調の中で普及した,地域振興ヴィジョンを共有する諸主体間の協働の下で構築されてきた.米国を典型とする「自由主義的市場経済」とは異なる国民的制度環境の下でも,オウルでは効果的な地域的制度を生成することによって情報通信技術産業の成長を可能にしている.

キーワード:フィンランド,オウル,地域経済,制度的ダイナミクス,情報通信技術産業

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