第61巻 第1号

経済地理学年報 Vol.61 No.1

特集 構造再編下の日本農業

「構造再編下の日本農業」 特集の発刊にあたって  …… 宮地 忠幸   1 (1)

■特集論文

 北海道における大規模畑作地域の構造再編と地域経済の課題
 …… 佐々木 達  3(3)

 市場開放後の果樹産地の再編と産地戦略
 …… 川久保 篤志 20(20)

 水田・里山放牧の展開と推進課題
 …… 神田 竜也  37(37)

 企業による農業参入の展開とその地域的影響─ 大分県を事例に ─
 …… 後藤 拓也  51(51)

 知的財産権を活用した農業振興の可能性
 …… 林 琢也  71(71)

■学会記事  …… 89(89)

 

要旨

北海道における大規模畑作地域の構造再編と地域経済の課題

 …… 佐々木 達

 本研究の目的は,北海道における大規模畑作地域の構造再編の実態と直面する地域的課題について明らかにすることである.
 日本農業の構造再編は,個別経営の外延的な規模拡大によって生産性を向上させた大規模経営を形成し,産業としての農業を確立することを企図していた.しかし,現在の大規模経営の特徴は,外延的な規模拡大による方向性と投下労働部面の拡充による集約化や複合化による規模拡大の方向性とが併存していることにある.本研究の対象地域である北海道は,全国的にみても労働生産性が高く,外延的な規模拡大を進めることで構造再編を進めてきた.
 その中で,大規模畑作地域である音更町を事例として,近年の農業経営の特徴と再編の実態を考察した.畑作経営は,外延的な規模拡大が依然として進展する一方で,経営複合化の動向が確認された.また,生産される農産物は原料用・加工用農産物が中心であり,販路も農協経由の道外移出が主流となっている.しかし,農業生産の多様化は,広域流通だけでなく地産地消に代表される地場市場への対応による収入増大の可能性をもつ.大規模畑作地域は,道外移出とともに地域経済との関連性を強化して域内需要を喚起することが重要な課題となっている.

キーワード 大規模経営,規模拡大,経営複合化,農産物市場,北海道


市場開放後の果樹産地の再編と産地戦略

 …… 川久保 篤志

 本稿は,農業生産力の低下と農業労働力の高齢化,および農村コミュニティの弱体化が進展する現在の日本において,農山村地域ではどのような産地戦略を掲げて産地再編を遂げているのかを,果樹(柑橘)産地を事例に考察したものである.
 その結果,浜松市三ヶ日町で経営規模の拡大による産地再編が進んでいる背景には,近年の農地流動の活発化と農作業の機械化,および出荷面での省力化の進展があり,大規模化の実現がコスト削減に加えて,常雇労働力の採用を通じた労働力の質の向上や,園地の若返りのための改植の円滑化に結び付いていることが明らかになった.
 一方,呉市大崎下島で特産品としてレモン栽培が盛んになった背景には,粗放的な経営が可能なことや柑橘複合経営が普及していること,および島の温暖少雨で台風の襲来が稀という自然環境があり,現在伸びつつある加工品の販売は新たな需要を喚起するものとして注目されると同時に,地元の加工業者を巻き込む点で地域振興効果が大きいことが明らかになった.

キーワード 柑橘産地の再編,規模拡大,レモン加工品,浜松市三ヶ日町,呉市大崎下島


水田・里山放牧の展開と推進課題
 …… 神田 竜也

1990年代から中国・九州地方の中山間地域では,水田などの耕地や低・未利用地(転作地),耕作放棄地,林地(里山)へ肉用牛を放牧する水田・里山放牧が行われるようになった.放牧は,畜産経営の改善や,国土周辺部や中山間地域の国土利用の点からも注目される.本稿では,水田・里山放牧の展開を,畜産農家や集落組織などの実施主体に着目しつつ検討し,その可能性を展望した.
 肉用牛繁殖農家による放牧では1戸平均1~1.5haの放牧面積であり,地域的には点的にみられている.そうした放牧地域では積極的な規模拡大農家が少なく,むしろ高齢維持対策の方が意味をもつ.一方,集落組織による放牧では,管理可能な放牧面積が大きい傾向にあり,今後の集落計画にも大きな意味をもつ.ただし,継続的な経営となるためにはある程度の飼養規模が求められる.また,放牧農家が集団化して地域的に取り組むことで,面的な取り組みにつながることや,小規模農家でも初期コストが少ないことが示唆された.
 耕作放棄地や棚田の荒廃地における放牧利用は,今後、人口減少が進む農山村において,少ない人数でより広域な土地を管理する方策としての意味が増大するであろう.

キーワード 水田・里山放牧,肉用牛繁殖経営,集落組織,耕作放棄地,中山間地域


企業による農業参入の展開とその地域的影響─ 大分県を事例に ─
 …… 後藤 拓也

 本稿は,2000年代以降の日本で顕著となった「企業の農業参入」に着目し,それがどのように展開し,地域にいかなる影響を与えたのかを,地理学的視点から検討した.日本における企業の農業参入は,耕作放棄地対策(担い手対策)の切り札として,2000年代の農地法改正やCSRブームを背景に急展開する.しかし地域的にみると,企業参入の多さが必ずしも耕作放棄地の抑制に結びついていない.耕作放棄地の増加が抑えられている地域の多くは,早くから担い手不足が顕在化し,自治体が独自の対策を進めてきたという共通点があり,そのような地域の1つとして大分県に焦点を当てた.
 大分県では2000年代以降,工場誘致のノウハウを生かして企業の農業参入を支援し,県内外から多くの企業を参入させた.これらの企業が地域に定着できたのは,多くの選択肢から参入先や営農品目を選択できたという大分県の地域的特徴が背景にある.さらに,県当局が企業の条件に応じて体系的に農地を供給してきたことも,参入が促された地域的背景であるといえる.企業の農業参入が地域に与えた影響を検証した結果,大分県では①野菜産地の拡大,②耕作放棄地の活用,③新規雇用者の増加が確認された.しかし,全ての企業が耕作放棄地の活用に積極的という訳ではなく,また企業が雇用する農業従事者も大部分が非正規雇用であるなど,これらの効果を手放しで評価するには注意が必要である.

キーワード 企業の農業参入,企業の社会的責任(CSR),土地利用型農業,耕作放棄地,大分県


知的財産権を活用した農業振興の可能性
 …… 林 琢也

 本研究は,世界規模で展開するリンゴのブランドビジネス(クラブ制)の事例と国内のイチゴ産地の新品種の開発と活用戦略の分析を通じ,知的財産権を利用した日本の農業振興の可能性について考察することを目的とする.
 育成者権と商標権を用いたピンクレディーのクラブ制は,オーストラリアの州政府機関と生産者組織によって開発された.彼らは試行錯誤を繰り返しながらも農産物の輸出と知財戦略を組み合わせることによって1990年代以降,ヨーロッパ市場において発展した.ただし,パイオニアゆえに知的財産権を利用したブランド戦略には不備もみられる.しかし,彼らは生産と流通をコントロールすることで会員の利益を維持した.世界規模の会員の交流と連携はクラブ・システムと高品質ブランドの発展にとって極めて重要である.ゆえに,生産者と苗木業者,流通業者が目的志向で緩やかに繋がる組織の設立は,特定の地域の農業を振興するための方法とは異なる農業活性化の可能性があることを示している.
 他方,日本において都道府県の研究機関によって開発されたイチゴの新品種を生産する際のブランド戦略は栽培許諾と商標登録に特徴付けられる.さらに,近年は,日本のイチゴ産地において,アジアへの輸出が活発に行われている.しかし,日本の農産物が外国に輸出される一方で,各県の輸出品目はしばしば重複する.これは,日本国内での産地間競争が国を越えて再び行われることでもある.国の方針としては,日本の農産物輸出の拡大を重要な戦略としているものの,実際にそれを担う都道府県庁や県単位の農協組織では,自地域内の農産物の販売振興を優先するため,「守るべき基礎単位」に齟齬が生じる.したがって,日本の統一ブランドやクラブ制のようなシステムを専門に扱うことのできる機関等が必要である.

キーワード 知的財産権,品種,商標,ネットワーク,産地

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