第57巻 第4号

経済地理学年報 Vol.57 No.4

特集 大都市圏におけるサービス・文化産業の新展開と都市ガバナンス

■ 大会報告論文

サービス消費機会の地域的格差
 …… 加藤幸治 1(277)

都市文化政策における創造産業 -発展の系譜と今後の課題-
 …… 河島伸子 19(295)

「都市再生」をめぐる都市ガバナンス
 …… 武者忠彦 31(307)

サービス経済化の地理学をめざして
 …… 加藤和暢 44(320)

■ 論説

介護保険事業の地域差と広域運営の枠組みをめぐる諸問題 -福岡県介護保険広域連合を事例として-
 …… 杉浦真一郎 60(336)

■ 書評

山下清海編:『現代のエスニック社会を探る―理論からフィールドへ―』
 …… 片岡博美 82(358)

■ 大会記事

[大会シンポジウム]

大都市圏におけるサービス・文化産業の新展開と都市ガバナンス
 …… 大会実行委員会 85(361)

[ラウンドテーブル]

ポスト20世紀システムにおける国土・地域政策の展開方向
 …… 加藤和暢 91(367)

東日本大震災の復旧・復興と経済地理学の課題
 …… 山川充夫・柳井雅也 94(370)

[フロンティアセッション]

 …… 丸山美沙子・佐藤正志 95(371)

[大会巡検報告]

東京のアニメーション産業の現状と政策的課題
 …… 半澤誠司 99(375)

■ 学会記事

 …… 101(377)

要旨

サービス消費機会の地域的格差

 …… 加藤幸治

 1995年以降における東京圏への人口流入の「波」を象徴とする「都心回帰」局面における人口移動を特徴づけているのは,全国スケールでみた上位都市への人口集中,とりわけ東京圏への集中,さらには東京圏でも東京都への,都内でも都心部への人口集中が顕著な点である.このような現象の背景にあるのが,サービスを利用・消費する機会(サービス消費機会)の地域的格差である.

 サービス供給の拠点は,それぞれの「地域」の中心地に集中・集積し,高次なサービスほど大都市の都心部に集中する傾向が強い.加えて,サービスは「貯蔵も輸送もできない」という特性を持つため,需要者が総負担コストを抑え,結果として良質・高質なサービスを受けるためには,都心,それも大都市の都心との近接が優位となる.こうしたサービス消費機会との近接性を求める動きが,大都市,とりわけその都心へと人口を引き寄せ・留めさせている.

 しかも,大都市・都心での人口拡大=市場規模の拡大は,あらたなサービスの成立を促すことで,サービスの多様化・高度化を一段と加速化する.こうした大都市・都心への人口流入とサービス消費機会の集積(それにともなう多様化・高度化)との間に認められる累積的・循環的因果関係が,サービス消費機会の地域的格差を一層拡大させている.

キーワード サービス,消費機会,地域的格差,人口集中,累積的・循環的因果関係


都市文化政策における創造産業 ― 発展の系譜と今後の課題 ―

 …… 河島伸子

 都市再生戦略において,文化的施設の建設や文化フェスティバルの開催などを核とする手法が世界各国で定着しつつある.ここでは都心部の整備と美化,都市ブランディングとイメージ向上戦略,文化観光の発展やコンベンション・ビジネスの誘致による入込客の増加策が中心にある.このような,文化を核としてその経済波及効果をねらう政策に加え,産業育成策としての都市文化政策が世界各国に広がった.これには,公的文化政策の対象である芸術文化に加え.映像や電子ゲーム産業など商業性の高い領域が合わさり,「創造産業」と呼ばれるようになったことも影響している.進展する経済のグローバル化,サービス化は,このような状況に拍車をかけている.

 経済波及効果を目的とする都市文化政策において,また近年急速に発達した創造産業振興型の都市文化政策においても,課題として残るのは,ここで想定されている発展シナリオに理論・実証面において,不十分な点や矛盾,齟齬が残されていることである.今後の都市文化政策においては, ,優れて多様な文化を育成・普及するという文化政策の基本目標に立ち返り,これらを達成するための環境整備として何をすべきかを十分に検討する必要がある.創造産業のメカニズムに関する研究を,特にデジタル化とグローバル化によりその基本構造がどのように変化しているかに留意しつつ,進展させていくことは,この下地作りのための重要な研究課題である.

キーワード 創造産業,都市,文化政策,グローバル化,都市再生戦略


「都市再生」をめぐる都市ガバナンス

 …… 武者忠彦

 2002年に施行された都市再生特別措置法にもとづいて都市再生緊急整備地域に指定された面積は,全国で6,600ha以上,地域内でのプロジェクト数も300を超え,首都東京を中心に,街の風景を一変させるようなプロジェクトが相次いで実施されている.こうした「特措法スキーム」による都市再生には,政官財複合体によって推進された不良債権対策という経済政策的な側面がある.一方で,中央政府に資源やリスク保障を依存する形での公共投資主導の都市政策が行き詰まったことで,全国各地の都市自治体は,それぞれの空間戦略をふまえた都市再生テーマを設定し,少ない資源をローカルな調整を通じて有効に活用していくことを求められるようになった.これによって,特措法スキームを利用しながら,自治体主導で国や民間事業者,地域住民の利害を調整し,都市空間を再構築する「都市ガバナンス」が形成されつつある.

キーワード 都市再生,都市ガバナンス,都市再生特別措置法,政治過程


サービス経済化の地理学をめざして

 …… 加藤和暢

 経済地理学者はグローバル経済化の動向に強い関心を寄せてきた.それに対してサービス経済化の地理的インパクトを取り上げた研究は手薄である.だが,現実の経済地理に対するサービス経済化のインパクトを無視することはできない.

 サービスは「貯蔵も輸送もできない」という特性を持っている.それは,モノの生産・消費が中心であった社会で作りだされた空間的なパターンを変化させていく.にもかかわらず,この事実は軽視されてきた.

 小稿では,サービス経済化の進展を踏まえて,今後の経済地理学の展開方向を検討する.その場合,川島哲郎氏の提起した「経済の地理学」という方向性に着目した.それを筆者は,経済循環の空間的組織化を通ずる地域構造の形成・変動として提示する.

キーワード サービス経済化,貯蔵と輸送の不可能性,経済の地理学,地域構造論,経済循環の空間的組織化


介護保険事業の地域差と広域運営の枠組みをめぐる諸問題 ― 福岡県介護保険広域連合を事例として ―

 …… 杉浦真一郎

 本研究は,大規模な広域運営を行う福岡県介護保険広域連合を事例として,サービスの需要と供給に関する構成市町村間の地域差を踏まえた上で,保険料の不均一賦課制による影響とローカルな事業運営の体制に関する検討を通じて,同広域連合における広域運営の枠組みをめぐる問題点について考察した.主な分析結果は次の通りである.

 同広域連合は,町村部を中心に全県的に分布しているが,その第1 号被保険者1 人当たりサービス給付費には構成市町村間で大きな差がある.その背景には,高齢者の生活保護受給率や独居世帯率,介護保険事業所の立地状況の地域差が挙げられる.同広域連合では給付費と保険料のバランスに関する不公平性を緩和するため,保険料水準を3 グループに区分した不均一賦課制を2005年度から採用した.しかし,その内容を詳細に検討すると,給付費の高い筑豊地域の市町村に相対的に有利な制度運用になっており,対照的に,県南部農村地域や福岡市近郊などの地域では一貫して給付水準が低く,かつ広域連合内部でのこれら低給付自治体に対する負担のしわ寄せについて当該地域の住民には充分に周知されていない.このように,同広域連合では不均一賦課制の導入後もグループ間で不公平性を抱えており,市町村単独や近接自治体間のコンパクトな連携による運営が規模的な面で支障がない中で,地域支援事業など近年重視されているローカルな介護保険運営の体制を住民に対して提供する意味からも,これまでの広域運営の枠組みに関する再検討が必要な時期となっている.

キーワード 介護保険,広域連合,不均一賦課,地方自治,福岡県

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