第58巻 第2号

経済地理学年報 Vol.58 No.2

■ 論説

沖縄県那覇市の保育サービス供給体制における認可外保育所の役割
 …… 若林芳樹・久木元 美琴・由井義通 1 (79)

アジアにおける梅干し開発輸入の展開とそのメカニズム
 …… 則藤孝志 22(100)

■ 展望

多国籍企業によるグローバル知識結合と研究開発機能の地理的集積
 …… 鎌倉夏来・松原 宏 40(118)

■ フォーラム

『経済地理学年報』にみる論文生産年齢
 …… 上野和彦 60(138)

■ 書評

石川義孝編(2011):『地図でみる日本の外国人』
 …… 吉田道代 65(143)

■ 学会記事
 …… 69(147)

要旨

沖縄県那覇市の保育サービス供給体制における認可外保育所の役割

 …… 若林芳樹・久木元 美琴・由井義通

 社会福祉政策の普遍化・分権化・多元化の潮流の中で,日本の保育サービスも公的部門にとどまらない多様な主体からなる供給体制が求められている.とくに近年の日本の保育制度改革は,規制緩和による民間事業者の参入を促進してきたが,沖縄県では従来から例外的に民間による認可外保育所の占める割合が高かった.しかし,それは近年の制度改革とは異なる過程で形成されたものと考えられる.本研究は,認可外保育所を通してみた沖縄県の保育サービス供給体制の特質とその背景を明らかにすることを目的として,那覇市における認可外保育所の立地,運営,利用実態を調査し,保育体制におけるその役割について考察した.那覇市における認可外保育所への需要の大きさは,保育所待機児童の多さに現れている.その背景には,出生率の高さや働く若い母親の多さ,および米国占領下での保育所整備の立ち後れや米国式幼児教育の影響があると考えられる.より詳細な認可外保育所の立地・運営状況を把握するために,保育施設とその利用者の両面から調査を行った.その結果,認可外保育所には設備やサービス内容の面で多様性がみられるが,いずれも公的保育サービスでは満たされない需要をカバーする役割を果たしていることが明らかになった.その多くは近隣の要望に応える形で設立され,生業的経営と奉仕の精神によって支えられてきたものの,限られた公的補助のもとで苦しい経営を強いられている.こうした保育サービス供給体制にみられるローカルな課題は,既存の保育資源のあり方やその成立過程をふまえながら,地域的文脈に即して検討する必要があると考えられる.

キーワード 保育サービス,認可外保育所,5 歳児保育問題,潜在的待機児童,那覇市


アジアにおける梅干し開発輸入の展開とそのメカニズム

 …… 則藤孝志

 本稿では,梅干し開発輸入の展開とそのメカニズムを,加工業者の企業行動とそれを規定する諸要因の分析から明らかにした.その際,複数の要因=歯車がかみ合いながら開発輸入をめぐるダイナミックな構造変化が起こる仕組みを開発輸入メカニズムと捉え,とくに1990年代に起こった台湾から中国への産地移動に着目した.

 梅干し開発輸入の地理的パターンは,1960年代から1980年代までの日本-台湾から1990年代以降の日本-中国へとシフトしてきたが,その背景にはアジアの経済発展があった.そのなかで,日本の加工業者は開発輸入をめぐる多様な企業行動を展開してきた.台湾中心期(1962年~1980年代)には,栽培・加工の技術指導や資材提供,産地開拓がみられ,中国転換・拡大期(1990年代~2000年代前半)には,新たに直接投資を通じた加工場の設立や調製品輸入の導入がみられた.一方,輸入減少期(2000年代後半)には開発輸入からの撤退が相次ぐなか,差別化商品の開発や品質管理システムの導入など「量的指向型」から「品質指向型」へと企業行動の転換が図られている.

 このような企業行動の展開は,アジアの経済発展や日本の市場動向などの経済的要因に加えて,言語の共通性や信頼の度合い,政治的対立の有無などの文化的・政治的要因にも規定されていた.とくに1990年代における中国での開発輸入を主導したのは台湾系加工業者であり,そこでは日台中の加工業者間の「文化的・政治的距離」が大きな影響を及ぼしていた.

キーワード 開発輸入,産地移動,文化的・政治的距離,台湾,中国


多国籍企業によるグローバル知識結合と研究開発機能の地理的集積

 …… 鎌倉夏来・松原 宏

 本稿の目的は,多国籍企業による海外研究所の立地とその地域的影響に関する研究成果を整理し,グローバル化の下での研究開発機能の経済地理学研究の方法と課題を明らかにすることにある.従来の研究では,海外研究所が基礎研究を行うのか,現地市場向けの製品開発を行うのか,子会社化しているのか否か,といった機能や組織の違いによるR&D立地の差異,国のイノベーションシステムとの関係が主に扱われてきた.しかしながら,多国籍企業は,現地市場に対応する開発拠点のみならず,ローカルな知識を吸収し,それらをグローバルに結合する研究拠点を展開してきた.また先進国から新興国へと研究開発拠点を拡大するとともに,コストを節約しながら研究開発人材の活用を図ってきている.今後の研究課題としては,国内と海外の研究所との国際分業関係の変化を把握するとともに,知識のフローや研究開発人材の育成と定着にとって,研究開発機能の地理的集積が果たす役割を明らかにしていくことがあげられる.

キーワード 多国籍企業,知識フロー,R&D,グローバル・ローカル関係,研究開発人材


『経済地理学年報』にみる論文生産年齢

 …… 上野和彦

 本稿は,経済地理学会機関誌『経済地理学年報』に掲載された論文がいかなる年齢階層の会員によるものかを整理したものである.この結果,『経済地理学年報』はきわめて少数の,しかも20歳代後半から30歳代前半の会員によって支えられ,また,論文生産の単発性とその継続性に課題があることがわかった.

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